秋の夜の会話  草野心平

 

さむいね
ああさむいね
虫がないてるね
ああ虫がないてるね
もうすぐ土の中だね
土の中はいやだね
痩せたね
君もずゐぶん痩せたね
どこがこんなに切ないんだらうね
腹だらうかね
腹とつたら死ぬだらうね
死にたくはないね
さむいね
ああ虫がないてるね



 草野心平(明治36年/1903年—1988年/昭和63年)の第一詩集『第百階級』は1928年(昭和3年)に出版された。「秋の夜の会話」は、その冒頭に置かれた詩である。これまで繰り返すとおり、大正末から昭和初頭にかけて現代詩は形成されていくが、それは大きく分けて、芸術革命を志向するアヴァンギャルド詩の運動と社会革命を志向するプロレタリア詩の運動のふたつの流れによるものだった。ところで、草野心平は、そのいずれにも括られない独自な場所を生きていたようだ。そのあたりのことを考えるのは別の機会にして、いまは、「一般には『第百階級』がぼくの処女詩集となっているが、それでもいいわけです」と作者が云うところの詩集を読むに際して必要と思われるものを下に引用する。

1、高村光太郎の「序」から
「この世に詩人が居なければ詩は無い。詩人が居る以上、この世に詩でないものは有り得ない」「彼(註 草野心平)は蛙でもある。蛙は彼でもある。しかし又そのどちらでもない。それになり切る程通俗ではない。又なり切らない程疎懶ではない」「第百階級をニヒルの巣窟と見る者は浅見の癡漢、第百階級は積極無道の現実そのものだ」

2、詩集の「エピグラフ」から
蛙はでつかい自然の讃嘆者である
蛙はどぶ臭いプロレタリヤトである
蛙は明朗性なアナルシスト
地べたに生きる天国である

 なお、心平独自の一行ごとに句点を打つ書法は、この『第百階級』ではまだ現われていない。(09.09.21 文責・岡田)